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合気道にみるニュートン力学とその延長線上にある海と空の事故原因に関する考察

相手に気付かれ難い初動と防御し難い動きは?の質問に対し、石川先生の説明は、

  1. 体の中の動きより始める。
  2. “ため”を作らない。(準備姿勢・動作を作らない意味)
  3. “いち、に”にならない。(二呼吸ではなく一挙動の動作の意味)
  4. 赤ちゃんの手のような自然な動き。
  5. 等速度運動(注1)と等加速度運動(注2)の動き等々。

これらを理解し体で表現することはとても難しいが、先生の模範演技はその様に感じられる。これは合気道(武道)の奥儀のひとつと思われる。しかし、その様なことが何故可能なのでしょうか? 先生の言葉集をキーワードに紐解くこととします。1は敷居が高く除外。2〜5は共通性がみられるので、比較的理解し易い5の等速、等加速度運動の動きを人体の生理の観点から考えてみます。

(注1) ニュートン第一法則;外力が加わらなければ、質点はその運動(静止)状態を維持する。

(注2) ニュートン第二法則;質点の運動(運動量)の時間的変化は、それにかかる力の大きさに比例し、力の方向に作用する。

1、等速度運動の観点

土曜日夜のTV番組の中で脳の生理を題材にしたものがある。眼から得られた情報を脳が処理するとき、その情報の変化が小さい場合、人はその変化を認知する事が不得意であるが、それに気付くと脳が活性化すると言うものである。例として、写真やビデオの中の何かが少しづつ変化して行く、その何かを見つけるクイズが供される。始めと終わりでは、写真の中の子供が消えたり、ビデオの中のテーブルが伸びたりと気付かない筈のない変化であるが、初めから通されると中々気付き難いことに驚かされる。

この視覚上の微小変化が原因と思われる海の事故を防止するための法律に“衝突のおそれ”があり、「船舶は、接近してくる他の船舶のコンパス方位に明確な変化が認められない場合は、これと衝突するおそれがあると判断しなければならない(下略)(海上衝突予防法;第7条の4)」である。時間が経過しても、相手船舶が同じ方位に見える(変化するのは船舶の大きさが少しづつ大きくなる)場合衝突の恐れがあることを述べたもので、これを人が「変化している」と認識し難いことに起因した事故を防止するための教えである。

初動に於いて、限りなく等速度で技を繰り出すことが相手に悟られ難いのは、人が視覚として微小な変化を認識し難いとする生理に結び付いているからでしょうか。

[閑話休題]等速度運動と人の生理に関して述べているが、これに関連し石川先生より「鳥刺しの理」を教えて戴いたことがある。鳥刺しが鳥を獲る時は、鳥の視覚の外から接近したりしない。鳥の眼の前からその眼に向かって、鳥から見れば竿が点に見えるように、直線に等速度で竿を刺すというものである(詳細はWikipedia等)。ここでの鳥の眼は稽古における相手の眼と同じであり、等速度運動を識別し難いのは、眼の良い鳥も、そうでない人も同じなんですね。

2、等加速度運動の観点

「小手返し」を例としてこの運動を考えてみます。 

イ、 相手の手を取る(速度=0、力=0)。

ロ、 相手の軸を崩すために、僅かと言えども力を加える。速度=0から力を加えるとき、ニュートン第二法則により加速度が発生すると同時に速度も発生する。この時の速度が等速度で、また加速度が等加速度で量が小さい場合、接触部である皮膚から受ける「力」の変化も小さく感じられるのは説明を必要としない。この時の「力(=加速度)」による変化は、眼や接触部の皮膚だけでなく同時に耳の中で平衡感覚(注3)として感じ取られている。ここで、人の平衡感覚が得られているメカニズムは、以下の通り。

人は内耳にある三半規管の働きと、地(水)平線を目で見る視覚情報などを組み合わせて平衡感覚を保っている。三半規管は半円状の管内にリンパ液が入っており、身体(頭部)が傾くとリンパ液が管内を流れる。リンパ液の流れを三半規管内の有毛細胞が感知すると「体が傾いた」という情報を脳へ送る(Wikipedia;空間識失調(英:Vertigo)より)。

(注3)実際に加速度を感知する感覚器は「耳石器」であるが、変化率に反応する点で三半器官と同等であるため「体の傾き=加速度」とし展開説明では省略する。

ところが、眼からの情報を略80%頼っている人が、水平の基準情報が得難い環境下で起きる、感覚器官をロストする空間識失調が起こるメカニズムを分かり易い飛行機を例に説明する。

航空機がVMC(有視界気象状態)であるときは、雲との間隔を取って飛行しなければならない。例として3000m未満の高度で飛行する場合、航空機からの垂直距離が上方に150m、下方に300m、前後に600mである範囲内に雲がないこと等の制限を有する(航空法94条)。しかし雲の中に入ってしまった場合、パイロットは眼から入る情報がなくなるため平衡感覚を三半規管に頼り勝ちになる。ここで僅かな機体の傾きや旋回が始まっても、微量のリンパ液の移動であるため、ある程度傾きが大きくなるまでパイロットは気付かない。この身体の感覚と飛行姿勢の乖離が空間識失調であり、これによる事故を防止するため、「雲に入ったら今まで正常に作動していた計器を信頼、確認し180度の変進を行え(いま来た方向に戻れ)」と教えられる。実際、この空間識失調が原因での航空機事故が報告されている。

ハ、 次に相手の肩を回して投げに移る。相手が道場の水平を意識せず手元ばかりを注視している前提のもと、軸を崩す方向に対し略直角方向に力が加えられることとなり、三半規管内のリンパ液は今までとは90度異なる方向に移動が始まる。この加速度が軸を崩す時と略同等の大きさであれば、相手は自分の体の傾きに気付くことなく倒れていく。又、この加速度が軸を崩す時より僅かに大きければ、相手はこの段階で初めて自分の体が傾いていると気付き、急激に体を垂直に戻そうとした結果、リンパ液は今までと逆方向に大きく流れるため、体は水平に戻っても「傾いている」と錯覚し最早安定を保つことが難しくなる。どちらにしても相手は倒れる。

逆に「呼吸投げ」等で相手の頭部に揺さ振りを掛ける技は、積極的に平衡感覚を喪失せしめることと同じであり相手は倒れ易くなる。

組み手状態での等加速度運動の有効性は、初動に於ける等速度運動同様、人が皮膚感覚と平衡感覚で微小な変化を認識し難いとする生理に結び付いているからでしょうか。

人は“僅かな”“等速度”“等加速度”の環境下に於いて認知能力が下がる。合気道が、軸の崩しや半身と言った体の動きのみならず感覚器官の崩しをも巧みに利用しているとすれば、何とも恐るべしである。この山高き所以か、稽古を始めて2年。いまだに私の合気道は初歩の域を脱し切れていない。

※上述した内容は、理論や実験によって確かめられたものではない。合気道の技の奥深さに眼を向けた時、人の感覚器官が不得意とする環境下で起こる海や空の事故との共通項に、「量の小さな等速度、等加速度」が存在する。その興味性を記したものである。


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