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(社)楽心館 氣と丹田の合気道会 Rakushinkan Aikido のサイトへようこそ

楽心館の合気

この欄は、楽心館をお預かりさせていただいている石川智広が担当します。

はじめに

当会では、初級者「意心形心」・中級者「真理平凡」というテキストにしたがって、稽古しています。

1、「意心形心」について

「意心形心」は、墨絵の稽古法の言葉「意臨形臨背臨」から「意」と「形」を使いました。形は意の鏡であり、意は形より入る。そしてその両輪を心清く真剣に求める心が、意心形心です。初級者は、形と手順をしっかり修めてください。背臨とは、たとえば石の絵を描く場合、表面に見えない石の裏側を想像して描く、墨絵の描法のことです。意臨があることで、意と形が繋がります。

2、「真理平凡」について

「武・合氣」における「背臨」を平明に説明しようとするのが、この「真理平凡」です。形(型)の背景には、それを成り立たせている「理合」と「身体の錬(ねり)」があります。理合とは、「剣の理合と崩しの術」。身体の錬とは、その理合を実現するために必要な、身体操法で「膝・腰・丹田の柔らかさ」・「体軸の養成と使い方」です。「意心形心」で形と手順を丁寧に修めたら、「真理平凡」へ進んでください。書道の稽古で「楷・行・草」とすすむように、武道では「真・行・草」とすすみます。これを「三段の習い」といいます。「意心形心」が「真」、「真理平凡」が「行・草」です。草とは、一刀流剣術でいうと「一拍子相打ちの勝ち」。相打ちの中に「先」・「後の先」があって、勝ちに行く理です。この境地のままに生きることの中に、道があると思います。一刀流の極意歌に

 斬り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ 身を捨て行けば 後は極楽

とあります。軸に氣を通し、膝・腰・丹田を柔らかくまっすぐに踏み込むこと、これが最後に残る型であり技であり道(生き方)です。

3、「剣の理」とは

「剣の理合」とは、「三角の鉦の大事(みすみのかねのだいじ)」や「入り身」を使えることです。「崩しの術」とは「合氣之術」といわれる場合もあり、剣の扱いのままに手で、突いたり斬りを行い、相手の正中線と半身に働きかけて姿勢が維持できないように誘導します。

4、「身体操法」とは

  •  「身体操法」とは、剣・棒・槍を扱うと同じように、正中線・半身の一致・袈裟のラインを実現することです。なんば歩きとも言いますが、氣と丹田を錬る三つの立ち方の修錬によって始め、軸を立てて真っ直ぐに歩く練習が重要です。私は「膝・腰・丹田の柔らかさ」といいますが、他の指導者は別の表現をするかもしれません。

5、「呼吸」について

こうしたことを理解すると、「一呼吸」・「一拍子」ということがみえてきます。「真の型」に「一」・「呼吸」を入れることで、それが「行の型」にも「草の型」にも進化してゆきます。いま「入れる」といいましたが、語弊があるかもしれません。究極に削ぎ落とした姿が「一」。無駄を省き、硬さを解すにすぎません。合氣の武道では、「鎧組討柔術」・「合氣柔術」・「合氣之術」という表現もされます。あたかも漢字の「乃」と書いていたものが、平仮名「の」と一文字書きになるようなものです。極意歌に

 居合こそ 朝夕抜いて こころみよ 数抜きせずば 太刀も こなれず

この「こなれず」に、「一呼吸」・「一拍子」の難しさがあります。本書では、これを平凡平明に説きたいと思います。

突き詰めれば、まっすぐに立つこと、間を取って相手の中心に直線に入ることほど難しく大切なことはありません。古歌に「根をしめて風に吹かれる 柳かな」、これを実現するにはどうしたらよいでしょう。基本に、一文字腰(いちもんじごし)・撞木足(しゅもくあし)・居合腰(いあいごし)の三つの立ち方を、「氣(軸)と丹田」を錬る動作として行います。この場合の氣とは、自分と相手の正中線に意識を通す感覚のことです。(これを山本伝では体中線という)

6、おわりに

「意心形心」・「真理平凡」を通して合氣を研鑽し、社会変動の時、士道を極め文武に励み、風土と文化への愛情を深め、より良い国家観と社会を形成していただきたいと願います。

士道を極めると申しました。昔風には武士道を極める、という意味になりましょう。今風には、危難に際して、道義のため自ら進みゆける人となることだと思います。上手だとか強いだけでなく、士道精神を極めることが大切です。

正しい国家観(歴史・風土・民族に対する認識)と申しました。太平洋戦争後今日まで、わが国は高度に工業化し、奇跡的経済発展を遂げました。この時代の国民の大変な努力の賜物であることに、違いありません。しかしそれだけではありません。それだけの下地が、わが国の風土にはあったのです。たとえば江戸時代に遡った場合、世界最高レベルの工芸・からくり技術がありました。日本人本来の身体使いも、実に精妙なものです。「武・合氣」を稽古するということは、日本人本来の身体に立ち返ることを出発点として、「力抜き・柔」の身体・心を仮説検証して楽しむ過程でもあります。

太平洋戦争後、世界で90回以上もの戦争・紛争がありました。わが国はこれに一度も参戦することなく、平和な経済社会を築いてきたこと、これは奇跡であり誇りですが、その下地としての技術・身体・心が、古くから存在していたのだといえます。正しい国家観があって初めて、地域・家庭・個人の平和と健康が築かれると考えます。もちろん、偏狭なナショナリズム・国家主義であってはなりません。

よりよい地域社会・国家・国際関係を築いてゆく上で、もっとも大切なのは教育です。西洋にサリバン先生・日本に吉田松陰先生を例に出すまでもなく、人間の可能性は教育によってどのようにでも引き出されます。わが国においては、古来、職業の区別にかかわらず、技芸による人間教育が実践され、躾と技を厳しく修めてきたことは国の宝です。今日こうした「心清く真剣に」という学びの場が失われる傾向は、まことに残念です。

社会のあり方を批判をすることも大切です。同時に政治家が、弁護士が、教育者が、八百屋が、大工が、それぞれに立場がどうあっても、自分の与えられた仕事を心清く真剣に取り組むという当たり前なことが大切です。「芸に遊ぶ」とは孔子の言葉で、個人の境地であり、社会の成り立ちのことかもしれません。

もう一つ大切なこと、それは何が文明を支えているのかということです。文明に二面があるとすると、一つは効率性の追求、一つは非効率に見えて大切なものの存在です。効率性の追求とは、現代日本に際立つもので、新幹線・高速道路・航空機・インターネットなどです。非効率に見えて大切なものとは、茶道や能に見える動作、木と土でできた日本家屋、道端での世間話などです。しかし身体の健康・大脳の健全な成育のためには、この非効率にみえる自然や人とのやり取りが不可欠です。元来「武術」であったものを「武道」として学ぶことの差は、技の理を知ることで、相手としっかり関係を作って導く理としてそれを日常に活かすことであると考えます。

私は神刀柔進会千葉道場によって合氣の保存、合気道・楽心館によって青少年の教育を実践してまいりたいと思います。耐え難く続く戦争と環境破壊、「自己抑制の道」を武道によって伝えることが、私に与えられた仕事です。

  愉心節守志愈堅   節を守り志ますます堅しを心楽(愉)しむ (分限をわきまえ志を通す)

7、武田惣角先生と植芝盛平先生

合氣を学ぶにあたって、武田惣角先生は中興の祖です。植芝盛平先生は多くの教授代理の一人であり、合気道開祖です。植芝先生は合氣普及者の一人ですが、もっとも大きな役割を果たすことによって、消滅せんばかりの大東流を、さらにいえば「スポーツ武道」ではない「武・合氣」を、保存する一役を担いました。柔道・空手・剣道が変質して試合競技を行うようになったことと比較し、型稽古の本来のあり方を残された業績は大きいのです。また私は、合氣の学び方で大東流と合気道のジャンルの区別をつけることを、否定します。

武田惣角先生は剣術家として生きるべく修養を積まれました。明治の変革期に止むを得ず人を殺(あや)めることをしました。そのため終生、仇討ち(あだうち)を受けることを警戒する生活ぶりでした。一箇所に定住しないことはもちろん、日々の生活で、警戒を解くことはありませんでした。その警戒心を家族・弟子に対しても解かないことは、惣角先生にとっては当たり前の修業だったようです。明治の北海道では、裁判警察権は、今日ほどに及ばない時代だったのです。そこは最後の内弟子、山本角義先生がよく伝えています。それ故、家族を伴って共同生活をされた植芝盛平先生と山本角義先生は、特別な秘蔵っ子(ひぞっこ)でした。

武田惣角先生にとって、植芝盛平先生が大本教出口教祖に傾倒して自分から離れていくことは、可愛さあまって憎さ百倍となりました。

今日、大東流と合気道それぞれに諸会派があり、名称・組織上分離した存在です。武田惣角先生の剣の理合と合氣之手が伝わっていれば、諸会派の活動の本質は同じものと言えます。

植芝先生は、「合氣とは△○□」(剣の理のままに)と明快に説かれました。今日よくありがちな「力んで捻って踏ん張って」の稽古、合氣の関係が説明しにくい踊りのような稽古は、合氣の本質から離れつつあるのではないかと、疑問に感じます。昔の自分がそうでしたし、それぞれ目的にかなったことをすればよいのですから、その価値を否定するものではありません。

「天地和合の理」は、宗教的境地として語られることが多いようです。そうなのでしょうが、天地人正中線の働き・脱力・相手との一体感・同化の大切さは、大東流そのほかどの武道でも同じことです。

武田惣角先生が山本角義先生に伝えた教えも、剣の持ち方・技の理・身体の使い方・剣の理のままに行う体術です。

武田惣角先生と植芝盛平先生、それぞれの異なる時代状況に制約された中で生き、それぞれに違う「武術の活用」をされました。そのためにお互いに確執も生じましたが、一貫して剣の理を伝える「武・合氣」が保存されていると考えます。そして、「術から道へ」が、合気道の方向性が大東流と異なる点であるということ、私はその部分に着眼した活動を行いたいと思います。


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